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現役高校生・大学生による
舞台芸術情報サイト

2021年2月4日

劇団ノーミーツ『門外不出モラトリアム』劇評

 演劇の条件とはなんだろうか。まず、外せないのは「いま、ここ」で起きるというライブ性だろうか。 それとも、たとえ「いま、ここ」でなくとも役者と観客がいれば演劇になるのだろうか。その場合、映画との違いはなんだろうか。

 私は今回、このコロナ禍で生まれたオンライン演劇という新ジャルの観劇をした。動画サイトなどで無料公開されているものは少し観ていたが、しっかり上演という形で公開されたものを観劇したのはこれが初めてであった。オンラインでも、少しでも演劇の空気感を観客に体感させるべく様々な工夫がなされていたように思う。さらに今回は5月に上演した旗揚げ公演のリバイバル作品で、厳密にはライブ上演ではない。5月にライブ配信としてzoomで上演されたものの初演映像がzoomを通し再配信されるかたちだ。そのため、「オンライン演劇」以上に「映像作品」との境界は曖昧でよりそこについて考えさせられた。しかし、映像の前後にはライブの出演者トークがあり、本編の上映中も観客同士チャット機能を使って実況中継のように盛り上げることができ、十分に「ライブ性」を保持できていたと思う。
 「ノー密で濃密な時間を」を合言葉に活動する劇団ノーミーツ(株式会社Meets)はオンライン劇場「座」を創設し、ホームページのデザインなどでシアトリカルな空間を作り出す。私も初めは「オンライン劇場」と聞いて正直「ただのホームページじゃないか」という印象が強かったが、確かに「これは劇場なのだ」という全力の主張が「ホームページ」に入室した者をワクワクさせてくれる。「観客が物語を選ぶ演劇。国境と言語を越える演劇。町中を移動する演劇。あなたの生活に入り込んでくる演劇。劇場と劇場をつなぐ演劇。未来の演劇の形を実現していきます。」本来の演劇ができない今だからこそ逆に演劇の原点を見つめなおし、さらにここから新たなコンテンツを生む覚悟と自信が「劇場」には充満しているように感じた。
 ストーリーは4年間をフルリモートで過ごす5人の学生にスポットを当てた物語で、メグルという主人公が時を戻せる力を手にしてあり得たかもしれないパラレルワールドを自らの目で確認してゆく王道の展開だ。主要キャスト以外にも多くの役者がそれぞれ個性的なキャラクターを存分に発揮し、架空の大学を作り出す。しかし、架空というのはむしろ間違えであり、少しも誇張されない現実のもう一つの姿であるということに気づかされる。先述の「王道」はもはや我々の現在性と響きあいまったく新しい化学反応を引き起こしているように思えた。フィクションであることを逆に疑わせるほどの臨場感で彼らの不条理への叫びがパソコンの画面を越えて伝わってくる。この熱(実際にパソコンも熱を持っているがそのことではない)がここまで演劇的に感じられるということに私は衝撃を受けた。たしかに私も大学でリモート授業を受ける日々を送る身として、非常に共感できるシーンやリアリティを感じる台詞があった。「納得のいく明日が得られますように」南條がメグルにエールを送る。抜けられない循環の中で苦しみながらも今しかない今を模索する我々の物語。たった一人の部屋のなか、画面の中の彼らに自分も一人じゃないと安心する。このことが演劇固有のライブ感(客席と舞台の距離感)に影響しているのはもちろんだが、それ以上にオンライン演劇のなかに微かに残された演劇性の正体とは一体なんなのだろうか?私は演劇や映画を劇場で観るときに家のリビングで観るのとは違う共同体感覚を重視してきた。しかし、リモート授業を受ける我々の現在とより深く共鳴する劇場はどこよりもこの私のリビングの「座」なのではないだろうか。

 演出家宮城聰さんの言葉にこんなものがある。「ちょうど蟹が手に入らない時の蟹カマボコみたいに演劇蟹カマボコをお届けします。」
 私は蟹とカニカマを一緒にされたらちょっと不満だ。だってそこにはその差を埋めるとは言いがたい決定的な差があるのは事実だから。しかし蟹よりカニカマはお手軽である。そしてその「差」を楽しむような新しい味がある。我々は演劇ができないと嘆くのではなくて、できないからこそ演劇蟹カマボコを作り続ける努力をしなくてはいけない。たとえそれが最善の方法でなかったとしても、きっとそこに希望はあるのだから。

(小川)

【公演情報】
劇団ノーミーツ『門外不出モラトリアム』リバイバル公演
公演日程:2020年12月12日(土)〜13日(日)