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2018年10月24日

第4回 観劇カフェ 『チルドレン』レポート

7月から9月にかけて実施した高校生や学生のための観劇・劇評応援プロジェクト2018「観劇カフェ」
今回は、2018年最終回の2018年9月22日(土)『チルドレン』観劇カフェの様子をお届けします。

2018年9月22日、LIVE&BAR茶茶茶にて『チルドレン』観劇カフェを開催した。ゲストには、本作の翻訳を手掛けた小田島恒志先生をお迎えした。
パルコ・プロデュース『チルドレン』東京公演は9月12日から26日にかけて、世田谷パブリックシアターにて行われた。
「巨大地震、大津波、そしてそれに伴う原発事故。そこから遠くもない海辺のコテージに移り住んだ夫婦ロビン(鶴見辰吾)とヘイゼル(高畑淳子)。そこへ数十年ぶりに女友達ローズ(若村麻由美)が訪ねてきた。昔のように語らい、踊り、冗談を言い合う3人の背景が明らかになるにつれ、次第に色濃くなる世界の影。現代を生きる私たちは、母なる地球とどう関わるべきなのか――?(公式ホームページより)」
世界が最も注目する作家の1人であるルーシー・カークウッドによる作品の日本初演ということで話題の公演である。観劇カフェは参加者の質問を交えつつ、小田島先生から『チルドレン』そして、翻訳についてのお話を伺った。

―結局ヘイゼルは原発に行くことを選んだのか?

観客の中から最も多い疑問の一つだが、この答えは観客それぞれの中にある。イギリスの現代劇は基本100人が見たら100通りの感想を持つようなものがほとんど。現代劇でなくても、感じ方は年齢によって変わることもあり、演劇は観る側に決定権がある。演劇の美しいところは観客が想像するところにあり、どのような感想を抱くは完全に自由である。
作者の意図としては、パンフレットに、「皆さんは2人の人間、もしかしたら3人の人間が原発に帰ってくるのを目撃します。」とある。
また、この話題についてアフタートークで役者と話した時に、だいたいの意見として一致していたのは、「おそらくヘイゼルは行くだろう。ただし、その日は行かないで、2日か3日悩んで、その間に部屋を完璧に片づけてから行くだろう。」ということであった。もちろん、これもあくまでひとつの意見なので、行かないという選択をした可能性は大いにある。

―冒頭の台詞「ねえ、子どもは?」の意味

この舞台は、鼻血を抑えているローズとヘイゼルの会話、「ねえ、子どもは?」「子どもたち?元気よ、元気。」というところから始まる。英語では“How are the children?”つまり「子どもたちはどうなの?元気なの?」ということ。 この文はよく用いられる“How are you?”の応用だが、“How are your children?ではない。your childrenという表現は、会話する両方がchildren全員について知ってないといけない限定的な表現。ここでは、ローズは、長女ローレンしか知らず、ヘイゼルとロビンの間に子どもが何人いるかも含めて聞いているので、the children となっている。
舞台を全編観た後に、この言葉を振り返ると、この“How are the children?”という言葉は、ただの「夫婦の間の子」だけではなく、広い意味で「今の時代の子どもたちがどういう状況にあるのか」も指し、冒頭にして舞台を象徴するようなセリフとなっているのがよく分かる。
このようによく作りこまれている仕掛けの多い脚本ということで、記号解読のようで、一回見ただけで分からないところが多くあり、読む度に新しい発見がある。
実は戯曲はどれもそうで、翻訳は、演出家による戯曲の解釈によって変わることも多い。また、分かりやすくするために翻訳の際にセリフを足すこともしばしばある。
例えば、ヘイゼルの娘ローレンのパートナーに髭があるか聞く会話で、「お肌すべすべよ、彼女」「女性なんだ、パートナー」というセリフがあるが、英語では“Is she?”だけで「女性なんだ」というセリフはない。日本語でわかりやすく補足をしている。

―今回の翻訳にあたって難しかったところは?

「翻訳にあたって難しいところはどこか」という質問がいちばん難しい。全部難しい。
でも、その中でも、物語の解釈はとても難しいと思う。実は、はじめ、「ローズが38年ぶりに2人のもとに訪れた」という設定や、「2人の住んでいるコテージはロビンの遠い親戚から借りたものである」というヘイゼルの台詞を、鵜呑みしてしまっていた。後から、これらは嘘であり、このコテージは長年ローズとロビンの逢引の場所として使われていたのだということに気が付いた。冒頭のローズは2人を訪れたわけではなく、かつて逢引に使っていたコテージという“場所”を訪れていたのだ、と。だから、誰にも声をかけずに中に入っていた。そこにヘイゼルが現れ、ぶつかり、鼻血を出してしまった。ちなみに、この鼻血は、原発による感染のメタファーにもなっている。
また、言葉の表現において難しいのと思うのは、実は難しい表現よりも簡単な表現である。今回の作品でも多く用いられていたが、現代劇は言いかけてやめるものが多く、このようなものの翻訳はとても難しい。例えば、“I…”というセリフを訳す時、その言いかけたセリフが”I love you.”と言おうとしたと解釈したとする。しかし、日本語では日常生活で「私はあなたを愛しています」のように、主語を明確にして言うことはほとんどないため、「私…」とそのまま訳すのは違和感がある。そこで、「あなたが好き」という風に言おうとしたと考えると“I…”の訳は「あなたが…」と訳すことができる。つまり、劇の翻訳では、“I”が「あなた」になることもあり得る。こういうセリフの選択は、難しくも楽しいと思う。

―イギリス独特のユーモアセンスを、そういったものをどう日本語で表現するのか?

 原文で笑いが起こるところで、日本語でも笑いが起きるようにしているが、その内容は日本オリジナルなものになることもある。例えば、「ロビン、面白くない」「ああ、確かに、ロビンっていう鳥は尾も白くない」という会話。「ロビン、面白くない」は、原文では“Fuck off Robin.”で直訳すると、「失せろ」とかになるが、これだとニュアンスが違うものになってしまう。そこで、ロビンという名前が日本語でコマドリという意味であることも意識し、このような訳にして、新たに笑いどころを作った。
ちなみに、ロビンは飄々とした性格で、会話中で、真面目に答えない場面が多いが、このような会話はイギリスらしいもの。アメリカ英語はYes/Noがはっきりしているのに対し、イギリス英語では曖昧な表現が多い。イギリスの英語を翻訳する上ではその曖昧なニュアンスを残しながら翻訳するようにしている。

―日本にとってリアルタイムなテーマの演劇だが、このことを意識したか?

 翻訳前には強く意識した。イギリスの作家の作品だが、イギリスには地震も津波も全然ない。原発はあるものの、日本と比べれば少ない。こういった国の人が福島を、原発を語れるのか?と初めは思った。しかし、戯曲を読む中で、この原発や地震はすべてメタファーであり、イギリスでこのようなことが実際に起こるか起こらないかの問題ではなく、また原発の良し悪しについて語るわけでもなく、本当に福島に触発されて書かれたものであると感じた。悲劇をドキュメンタリーとして描いたものではないと知って、多くの人に見てほしいと思った。そのため、翻訳に取り掛かる前は日本のことを強く意識したものの、実際に作業入ってからその意識が翻訳自体に影響することはなかった。

―日本で翻訳劇を上演する意義についてどのように考えるか?

国が抱える政治や社会の問題は様々だが、喜んだり、悲しんだり、苦しんだりといった人間の抱く感情は万国共通である。また、演劇は、映画と違い、生身の身体、肉声を通じて感情が伝えられ、直接的に伝わってくるものがある。
翻訳する際には、そのような感情や直接的に伝わってくるものなど、作品を通して伝えられるものを、原文でも、日本語でも、同じように伝えられるように意識している。
翻訳劇の意義というのは実感としてあってもなくてもよくって、ただ純粋に作品を楽しむだけでもいいと思う。それも観る人それぞれが決めていいことである。
ただ、日本人は政治に鈍感だとしばしば言われる中で、翻訳劇は周りの国の人々がどのように考えているのかを感じるきっかけになり得るのではないかとは考えている。

 この他にも参加者からの質問にユーモアたっぷりにお答えいただき和気あいあいとした雰囲気であっという間の90分間であった。小田島先生、そして参加者の皆様に心からの感謝の気持ちを申し上げたい。(文責:黒田)

【公演情報】
パルコ・プロデュース2018『チルドレン』
日程:2018年9月12日(水)~2018年9月26日(水)
会場:世田谷パブリックシアター
作:ルーシー・カークウッド
翻訳:小田島恒志
演出:栗山民也
出演:高畑淳子 鶴見辰吾 若村麻由美