NeSTAロゴ

現役高校生・大学生による
舞台芸術情報サイト

2018年7月19日

文学座附属演劇研究所研修科発表会『これは白い山ではなく』ゲネプロレポート

文学座附属演劇研究所研修科発表会『これは白い山ではなく』ゲネプロレポート

撮影=田中亜紀

数々の名優を生んできた文学座附属演劇研究所。2018年度第一回発表会は、作・鈴江俊郎、演出・鵜澤秀行『これは白い山でなく』を上演します。今回は2グループに分かれての発表です。まずはAチームのゲネプロの様子をお届けします。

 

山あいにある食品工場。ここでは工場長の五味幾郎(阿部大介)と妻の五味蘭※(張平)が、アルバイトの若者を宿泊させながら、工場を営んでいた。そこに集まるのは傷を抱えた若者たち。工場長の姪で二卵性双生児のさき(渡邊真砂珠)とはな(田村真央)、2組のカップル、ゴリオ(春田玲緒)とネコ(松本祐華)、光昭(小谷俊輔)とはるか(磯田美絵)、新しくアルバイトにやってきた安斎(玉木惣一郎)と伊豫田(外薗海士)と、親友コンビの千明(小石川桃子)と弘美(鈴木結里)……。

作品は工場の一室で進行します。直線的で幾何学的な線で作られた舞台美術の中に、大きなテーブルと丸椅子、事務デスクがあるのみ。仕事の前に、合間に、後にやってくる人がポロリポロリと話し出すことで、観客は「何故彼らがここに来たのか?」「彼らがどんな背景を抱えているのか?」を徐々に理解していきます。

戯曲の特徴は、「えぇ、まぁ」などといった台詞が繰り返されることです。一人の役が別の台詞の中で再度同じ言葉を発することもあれば、二人が同時に同じ台詞を発することもあり、言葉は「何か」と常に結びついているのです。

「何か」と結びついていたい。それは登場人物皆が抱えながらも、上手く成就されない思いの一つ。愛し合っていながらもすれ違い、また愛をどうコントロールすれば良いのか、 もがき続ける人々が生々しく描かれていきます。

そんなヒリヒリと鳥肌の立つような感動は、生身の人間が演じることで生み出される、といっても過言ではないでしょう。例えば、はなとさきは互いを思いながらもすれ違います。時に目に涙を溜めながら、思いを吐露し、ぶつかっていく様は思わず息を止めてしまう緊張感があります。ゴリオとはるかが互いのパートナーについて話すとき、さりげなくその役の物の見方や考え方が透けて見えていきます。そんな小さなすれ違いや重なり合いが積もっていくことで、徐々に作品の全体像が見えていきます。そしてどの場面でも、そこに息づく人たちのつながりが体感として表現されるとき、台詞としての言葉は私たちの生きる世界へと繋がっていくのです。

終盤、アルバイトの若者は夜逃げをもくろみます。そして「逃げちゃだめだ」と言う伊豫田を契機として発せられる、圧倒される長台詞。若者皆の心の叫び声が一帯となったとき、初雪が降り始めます。その瞬間、彼らの目線の先に、真っ白な山景色が見えるようでした。(文責:小林)

 

文学座附属演劇研究所2018年度研修科第1回発表会『これは白い山でなく』Bチームのゲネプロを観させて頂きました。

開演時間になると、ゆっくりと明かりが消えそれと同時に軽快な音楽が流れてきました。ワクワクと心も軽やかになってきた頃、明かりがつきそこには工場長のルーク五味※(ランディ・ジャクソン)。工場のロビーのような場所で窓の外の山を眺めながら、不思議な歌を歌い踊っています。♪ゲイシャゲイシャスッポスッポ……メロディーは列車の歌なのに、歌詞はなぜか芸者。こんなふと笑ってしまう場面から物語は始まりました。

登場人物は12人。皆、何かを抱えて生きていて、今は食品工場で働いています。母に女手一つで育てられている双子の女子高生達は、家庭環境やお互いの存在に悩んでいる。工場にアルバイトに来る8人の若者達は愛や孤独に振り回され、ルークは山で死んだ恋人を忘れられず、奥さんの五味陽子(中原三桜里)は自分に振り向かないルークを愛している。誰しもが今の状況から逃げたくて逃げたくて仕方がない。そんな中、物語の後半、若者達は夜中に工場からの脱走を図ります。いわゆる夜逃げです。しかし、その中にいた1人の青年が「逃げちゃダメだ」と叫び脱走を、いや、それぞれが自分の人生や現実から逃げることを止めるのです。青年が投げ掛ける言葉は、若者達の心を揺さぶり私の心も揺さぶりました。

心揺さぶられた理由は台詞の内容はもちろん、役者が口に出す台詞が全て”言葉”であったからだと思います。舞台上でがむしゃらに生き、自分の心の中を言葉にして発する彼らは汚く美しく、鈍感で繊細でした。そんな彼らの姿を見ていると自分もその中にいるような感覚に陥り、目を離すことが出来ませんでした。

この作品の魅力はこうした台詞を言葉に変える役者や演出の力と、”愛”や”孤独””生きる”ということの意味が詰まっているメッセージ性の高さにあると思います。「辛いけど好きだから別れられない」「生きてることに意味なんてない、だからこそすごい、奇跡のよう」こんな矛盾の中にこそ、真の人間の姿がある気がしました。求めたい人と求められたい人。男女の愛。双子の愛。正解は何?寂しい気持ちはどうやったら消えるの?どうやって生きていけばいいの?たくさんの疑問が物語を通して観客に投げ掛けられ、これらに対する答えにならない答えは、後半の台詞に込められていました。私が心揺さぶられた青年の言葉。この言葉はやがて他の若者にも広がり、最後は全員で観客に向けて言い放ちます。繰り返される一連の言葉。段々声が大きくなり、勢い付き、心の叫びのように聞こえてきます。若者達の満たされない心と、前向きに生きていこうという決意が滲み出ていて、若者の等身大の姿が表れていました。

もう一つ触れておきたいのが物語の象徴、この作品のタイトルにも関する”山”てす。山は、工場から見える唯一の外の世界。ルークが恋人を亡くした場所であり、ルークが冒頭で歌っていた芸者の歌は、この山に恋人に捧げているものだとのちに分かります。物語のラスト、いつの間にか雪が積もって白くなっている山を見ながらルークの奥さんはルークに問いかけます。「あの真っ白な山と私、どっちが綺麗?」ルークは何も答えず、奥さんから目を逸らしてばかり。「よく見ないといけないよ。」そう奥さんに言われても、顔を合わせず少し哀しげな表情を残しルークは部屋を出て行ってしまいました。

雪が積もった山はとても美しく、でも雪が積もっているからと言って山が山である事には変わりない。そんな変わらない変われない日常を、私たちはただひたすらに笑って生きていく他ないのです。

劇が終わって、作品名『これは白い山でなく』の意味を考えてみると登場人物達の、そして自分自身の人生が浮き出て来るようです。(文責:見上)

 

文学座附属演劇研究所研修科の2018年度第1回発表会のゲネプロにお邪魔させて頂きました。
中に入ると、真ん中に木製のテーブル、ベンチと椅子が数脚、そして奥に事務机といったシンプルなセットが目に飛び込んできます。
舞台は山あいにある、景色だけが取り柄の食品工場。恋人を忘れられない工場長、そんな男を愛してる妻。家を出たい姉と心配な妹。浮気性の彼女と、彼女にぞっこんなプロ野球選手の彼氏。彼女が彼氏に頼りっきりのカップル。彼女が欲しい二人の男、性格が正反対の女友達二人組。工場長夫妻とその姪姉妹、そしてアルバイトの若者たちです。何故彼らはここにいて、最後に何を見たのでしょうか。
お互いが好きだから、故にすれ違う。そして互いが大切だからこそ、歯がゆく思い、妬みあいます。
暗転時に流れる音楽は牧歌的でありながら、時に彼らの悲しみや苦しみを際立たせているよう感じました。
山あいの食品工場という閉鎖された空間で刻一刻と関係が変化をしていき、鬱屈した感情が高まります。普段は表に出さない、むき出しの感情同士のぶつかり合い、言葉のぶつけ合いに、今を精一杯生きている、大きなエネルギーを感じ、ついつい引き込まれてしまいました。
今回の公演はAパターンとBパターンがあり、役者さんががらっと変わります。私が伺ったのはBパターン。演出としては、工場長がルーク・五味という海外から来た男だったのが大きな違いでしょう。異質感や、今ここではないどこかを求めている印象を強く表していました。
演出の鵜澤さんはパンフレットに寄せ、今回の作品を通して研修生に台詞を、言葉を、どう客席に伝えるか考えて欲しいと書いていらっしゃいます。
言葉を相手に伝える。それは舞台を通して私自身にも問いかけられました。言葉にしないと思いは伝わらず、言葉にしても伝わらないことも多々ある。改めて自分の思いを言葉にして伝えるとはどういうことだろうと考えさせられました。
若者たちは訴えてきます。人は色々なものを抱えている。いろんな人と関わってそれは変化していくけれど、最後に自分と向き合うのは自分一人。生きていることに意味などない。そしてそれはだからこそ、それだけですごいことなのだと。それでもせめて笑っていたいと、時には休みながら、彼らはもがき続けます。
脆く、傷つきやすく、しかししなやかに何度でも立ち上がる人々を、全力で見せてくれた研修生に心から拍手を送りたいと思います。(文責:小野)

※出演者に合わせて役名を一部変更しています。

撮影=田中亜紀

 

【公演情報】
文学座附属演劇研究所研修科発表会『これは白い山ではなく』
作:鈴江敏郎 演出:鵜澤秀行