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現役高校生・大学生による
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2016年8月7日

『ミス・サイゴン』稽古場レポート

2016年8月25日(木)

 この日稽古場を訪れると、演出家卓を中心に椅子が並べられていて、そのあいだでキャストの方たちはリラックスしながらストレッチや発声を行っていました。稽古開始時間となって、演出助手・寺﨑さんの「発声やりましょう」の一声でキャストのみなさんは一斉に立ち上がりました。さすがのオン・オフの切り替えです。この発声練習、ピアノ付きで行われていますが、決してきちっと揃っているわけではありません。それぞれのペースで声を温めていきます。5分ほどの発声練習が終わりに近づくと、どんどん声量が増していき、最後はまさに一つの作品のようにも聞こえてきます。「なんでも絵になる」という表現がありますが、この場合は「なんでも歌になる」とでもいうのでしょうか。稽古が始まる、という強い実感が生まれます。

 そして稽古は、初めから終わりまで、1幕2幕すべて通しての歌稽古から行われました。歌稽古といっても、この日はその場にただ立って歌うのではなく、キャストの皆さんは軽い動きやアイコンタクトなどの演技をつけながら進められていくものでした。ダブルキャストやトリプルキャストのキャストの方々はおおよそ均等になるように歌う個所を振られていました。演出家JPからはこの稽古に望むにあたって、ストーリーを追って物語を楽しもう、全員で一緒に歌い聴く絶好の機会だということが伝えられました。音楽監督のビリー先生こと山口さんからは、基本的にはノンストップで進めるが大きな問題があれば止めます、と。みなさん笑いながら聞いていましたがかすかに緊張感が伝わってきました。そうしてJPの“Have a good one”のかけ声でいよいよ始まります。

 ピアノの音が流れ始め、空気が張り詰めます。歌稽古が始まりました。まずは「バックステージ・ドリームランド」から。エンジニアと女性アンサンブルの方々の力強い歌声が、物語の始まりにふさわしい高揚感を感じさせてくれます。次は「火がついたサイゴン」。ナイトクラブの喧騒が表現されています。3曲目は喧騒から一転、「我が心の夢」。ジジとキムがしっとりと歌い上げます。その後「バータリング・フォー・キム」「キムとクリスのダンス」と続き、「神よ何故?」へ。クリスがベトナムを離れる葛藤を歌ったこのナンバー。クリスの熱がこもった演技に胸を打たれました。その後キムとクリスが歌う「この金は君のもの」「サン・アンド・ムーン」。二人の愛が深まっていく様子がひしと伝わってきます。それが終わると「テレフォン・シークエンス」へ。ジョンとクリスの応酬が見ごたえたっぷりです。ジョンとクリスは手で電話の形を作りながらの演技。真剣な表情に引き込まれます。「取引」「ウェディング」「トゥイの侵入」と場面が目まぐるしく移ってゆき、「世界が終わる夜のように」キムとクリスが互いの愛を確かめあうこのナンバー。お互いが見つめあって歌う様子が印象的でした。JPが稽古前に「デュエットの時はお互いのつながりを大切に」と言っていた意味がよくわかりました。そして「モーニング・オブ・ドラゴン」「今も信じてるわ」「クークープリンセス」と、魅力的なナンバーが続きます。「今も信じてるわ」でのキムとエレンの儚げな歌声は、翻弄される二人そのもののようです。「トゥイの死」ではキムの迫真の叫びが稽古場に響き渡りました。1幕も終わりに近づき、「生き延びたけりゃ」「キムとエンジニア」と、エンジニアの活躍するナンバーへ。エンジニアがあちらこちらへ動き回り、空間を自分のものへとしてしまう技を再び見ることが出来ました。やがて1幕ラストナンバーの「命をあげよう」に。静かに始まり、中盤になるとアンサンブルも加わりぐんぐんと盛り上がっていきます。キムの切ない感情と心に秘めた覚悟を、圧巻の表現力で歌い上げ、1幕の歌稽古が終了しました。ここで15分ほど休憩へ。軽食を取ったり、ストレッチをしたり、あるいはボーカルブックを見返したり。みなさん思い思いに短い時間を有効活用していました。

『ミス・サイゴン』2014年公演より
写真提供=東宝演劇部

 そうして稽古は2幕へ。「ブイドイ」「ポスト・ブイドイ」。ジョンが気迫のある演説の様子と苦しい心情を切に歌い上げます。「バンコク」「プリーズ」「クリスはここに」「キムの悪夢 パート1,2,3」。キムは振り回され、喜びから悲しみへ、クリスと引き裂かれてしまうまでをこの一連のナンバーが鮮明に見せつけてくれます。「サン・アンド・ムーン(リプライズ)」は、どことなくロマンチックに聞こえた1幕から一転、2幕では悲恋へと変わって聞こえてくるその凄みは、ぜひ劇場で確かめていただきたいポイントです。「キムとエレン」では二人の心情の複雑な絡み合いが、キムとエレンの柔らかな歌声によって浮かび上がってきます。「メイビー」「エレンとクリス」「ペーパードラゴン」と、終盤に物語を大きく進めるナンバーが続きます。そして「アメリカンドリーム」。エンジニアは身振り手振り表情全身をフルに活用しながら、自身の境遇、そして夢を歌います。歌っているのに語っているように聴こえ、希望を語っているのにどことなく漂う哀愁を感じました。ラストナンバーの「私の小さな神」。キムとクリスの別れのシーン。キムが息絶え絶えになりながらクリスの腕に抱かれているときの張り詰めた空気。キムが息を引き取った瞬間のクリスの絶叫。そこでようやく『ミス・サイゴン』という作品が描くものの大きさがやっと理解できたような気がしました。クリスの絶叫によって稽古場は水を打ったように静まり返り、一瞬の静寂が訪れました。どこからともなく自然と拍手が巻き起こり、2時間半に及んだこの日の歌稽古は終了しました。音楽監督・山口さんが言ったように途中で稽古にストップがかかることもなく、無事やりきったキャストの方々の表情からは安堵と充実感を感じました。演出家のJPからは「すごく楽しませてもらったし、みなさんあまりにも素晴らしかった」「まだ稽古が始まって間もないのにしっかりと手に取れる形になった。これからこの作品をさらに羽ばたかせて行ける」と最大級の賛辞が。ふたたび大きな拍手が起こりました。

『ミス・サイゴン』2014年公演より
写真提供=東宝演劇部

 少し長めの休憩を終えると、次は「火がついたサイゴン」の途中から「我が心の夢」のシーンづくりへ。まずはナイトクラブで酔った男たちが品定めしてカップルがどんどん成立していくこのシーン。激しい男女の絡みもあります。JPとBenが身長差などを考慮しながら男女のペアを決めていきます。大まかな流れと動き、ポジションだけを定めて一度通してみましたが、キャストの方々の動きはどことなくぎこちなく見えました。JPから、男性キャストに向けては「ここはクラブで時間はきっと夜の1時半くらい。酔っているから動きもゆっくりなはずだよね」女性キャストには「歴史的な背景を考えながら、お金のために生きる女性たちの葛藤を想像してみよう」との声かけが。男女の絡み合いは、ペアのキャストたちで相談しながらだんだん自然なものへと仕上げていきました。何度か試行錯誤や手直しをして、出来上がったシーンでは最初のぎこちなさから見違えるほどに妖艶で退廃的でどんよりとした空気のナイトクラブが完成しました。初めは不自然だった「我が心の夢」終盤の乱闘シーンも「水たまりに水が一滴落ちて波が立つように」とのJPからの演出が付くとみるみるうちに緊迫したシーンが出来上がりました。  

 ここでこの日の稽古は終了に。そこで最後にJPからお願いが。「それぞれ自身の中で一瞬一瞬どの時間になにをしているのか、役の年齢、時代、心情、適した身体の使い方、佇まい、飲んでいるお酒の量など本当に細かなところまで考えてほしい」。こうしたキャスト全員の試行錯誤の結果が舞台に乗っているからこそ、我々観客は心をつかまれ揺さぶられるのでしょう。

 2日間こうしたシーンづくりの稽古を見て、丁寧ながら手際よくできていく様子は圧巻です。演出助手の寺﨑さんによると、「『ミス・サイゴン』の経験者が半分近くいて、何度も再演をしている作品だから稽古の進みはある程度早い」そう。これが初演の作品などになるとさらに稽古に時間がかかるようです。  

 ほかに圧巻されるといえば前のレポートでも触れたJPとBenの視野の広さ。一度シーンを通しただけで、そこにいるキャストすべての動きを把握し、的確なコメントをしています。そのコメントも、一つ一つが論理的で納得できることばかりです。きっとJPとBenが掛けた言葉で、キャストの方々はこの稽古の期間にさらに高みへと登ってゆくのではないかと思わせてくれます。

 スウィングキャストの方々の、吸収しようとする力も半端ではありません。JPとBenの言葉を一言も聞き漏らさないと言わんばかりにノートに向かい、自分の担当キャストのフォーメーションを図にしてまとめ、休憩時間は録画した動画を見返して復習している姿をあちこちで見かけます。こうした努力が作品を支え、思い切りやれる環境を作っているのでしょう。まさに縁の下の力持ちです。  

 さて、『ミス・サイゴン』開幕まで残り1ヶ月と少しになりましたが稽古場レポートはまだまだ続きます。どうぞお楽しみに。(文責:石本)

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