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2016年8月7日

『ミス・サイゴン』稽古場レポート

2016年8月7日(日) 稽古初日

 ミュージカル『ミス・サイゴン』の稽古場の初日にお邪魔してきました。まず稽古場に入って目に入るのは円形に並べられた椅子。続々と稽古場入りされるキャストの方々が座っていきます。挨拶とともにハグをする方も多く、稽古が始まる前からカンパニーの絆の強さを感じさせます。

 さて稽古が始まるとまず制作、演出のスタッフの方々の紹介があり、日本版演出助手の寺崎さんから「サイゴンスクール」についての説明がありました。作品の背景についての理解を皆で深めるまさに“学校”なのですが、その精神は以前出演経験があっても原点を思い出し、すべての出演者がイーブンな作品作りをするというものです。寺崎さんはここで作品に立ち向かうためには「強い心」を持たなければならないとおっしゃっていましたが、この言葉はその日何度も聞くことになります。次にキャストの自己紹介と韓国から来日し、日本語での演技に挑戦するキム・スハさん、パク・ソンファンさんの紹介もありました。なんとその日はパクさんのお誕生日で、ビリー先生の愛称で親しまれている歌唱指導の山口さんのピアノ伴奏に乗せてハッピーバースデーの合唱が!大人数での合唱はやはり迫力があり、パクさんの笑顔も印象的でした。

 そんな和やかなムードから一転、さっそく「サイゴンスクール」が始まりまずキャスト全員が『ミス・サイゴン』との出会い、関わりを話していきます。『ミス・サイゴン』の観劇が人生のターニングポイントとなった方、出演することを目標にしてきた方、また以前出演していた方の中にも演じる役が違う方や数年ぶりに参加される方、そして今回初めて出会った方などそれぞれの生きてきた時間とリンクしていることを痛感しました。これだけ多くの方が出演していて、それぞれの人生に通じている。それは観ている観客側にももちろん言えることです。改めてこの作品が長年愛されているパワーの根源、そしてこの物語を語りついでいく意味を感じました。私事ですが、『ミス・サイゴン』は2012年に拝見しておりその記憶が作品の記憶の大部分を占めていたのですが、もっと前2004年公演を両親が観に行き私は家で留守番をしていた時のことが突然蘇ってきました。当時小学校2年生だった私は単純に家に居る退屈さから何故一緒に連れて行ってくれなかったのだと駄々をこねた記憶があります。そのとき母に「この作品を観るにはまだ早い。ただ大きくなったら絶対に観なくてはいけない作品だ。それも日本人によって作られたものを。この物語をアジアに暮らす人間として観なければいけない。そして忘れてはいけない。」と言われたことを思い出しました。それからこの作品を知るために私なりに戦争やミュージカルの楽曲を勉強して2012年は観たつもりでしたし、終始涙が止まらず私なりに心も頭も使っていたつもりでした。でも今振り返ると本当に私はこの作品に向き合えていたのか不安になります。高校生のときの私と今では『ミス・サイゴン』の見方も、感じ方もきっと違うものになるでしょう。4年という時を経て少しは成長しているはずの私が今回こうしてもう一度作品と出会い制作の過程に触れることができるのはきっと何かの運命のような気がします。きっとどんなに頑張ってもすべてを理解できた、と言い切ることはできないでしょう。なぜならそれはほんの少し前にあった“現実”だから。それでも知らなければならない。この稽古場レポを通じて作品をより多くの同世代に知っていただくとともに私自身も「強い心」を持って成長していきたいと強く思いました。(文責:小林)


 高校生劇評グランプリの協賛企業である東宝から、「作品の出来上がっていく過程などを自分たちの視点や表現で伝えてみないか」とのお話をいただいた。自分がいま知っていることは『ミス・サイゴン』がベトナム戦争を描いた作品であるということと、簡単なあらすじだけだ。当然プロの稽古場を訪れたこともない。これから初日を迎えるまでの2ヶ月間、稽古場に足を運び、作品のできていく過程をレポートしていきたいと思う。

 稽古場に入ると椅子が円形に並べられていて、その隣にはスタッフ用の机と椅子が1列に並べられていた。そこに案内していただき、稽古開始を待つ。椅子でできたサークルの中に、キャストたちが続々と集まって来る。久しぶりの再会を喜び握手する人たち、はじめましての挨拶をする人たち… さまざまなミュージカルで見知ったキャストの方たちを目の当たりにして固くなっていると、スタッフの方に「顔に緊張って書いてあるよ」なんて冷やかされたりもした。そうしてキャストみなが思い思いのコミュニケーションを取り合って、だんだんと賑やかになって来た頃に稽古開始時刻を迎えた。まず、東宝プロデューサーより挨拶があり、スタッフの紹介が進められていく。それが終わると、今後の日程や稽古の進め方についての説明が制作スタッフによって行われた。

 そして、演出助手・寺﨑秀臣さんから、今回の公演に臨むにあたって意識しておいてほしいということが話された。ミーティングを、椅子を円形にして行うのは全員が一つの輪になって作品に取り組んでいってほしい、みながみなをリスペクトする姿勢で臨んでほしいといった内容である。キャストの方たちは神妙な面持ちで頷きながら聞いていた。カンパニーの雰囲気は作品の成功に大きく関係する。1月に愛知で千秋楽を迎えるまでの半年近くをこのカンパニーで共に過ごしていくのだ。きっとその時まで寺﨑さんのその言葉を胸に刻みながら過ごしていくはずだ。  

 その後は自己紹介が行われた。キャスト一人ひとりが輪の中心に出てきて名前とひとことを言うだけのシンプルなものだったが、ツッコミが飛び交って爆笑が起こるような、和気藹々とした時間だった。

 自己紹介が終わると次は「自分とミス・サイゴン」をテーマにそれぞれが語っていく。 初めに話したのは演出助手・寺﨑さん。『ミス・サイゴン』を手掛けるようになった経緯やこれまでに起きたハプニングetc… それに続くようにキャストたち一人ひとりが思いの丈を話し始めた。『ミス・サイゴン』を初めて観た時の衝撃、オーディションを勝ち抜いて役を獲得した喜び、新たな環境へ身を投じることへの期待… しかし正の感情だけではない。 以前出演した時の苦労、ベトナム戦争の当事者でないのに演じることが許されるのかという葛藤、スイング(=作品の中で複数の役を掛け持つ俳優)としての抜擢に対する複雑な思い… 初めて知ったことだが、スイングとして特別な稽古があるわけではなく、彼らは見て覚えることが中心になるのだという。どれほどの努力と、重圧に耐える精神力が必要になるのか。そうしたことも含め、多くのキャストたちは自身の中で正負の感情が拮抗しているように思われた。生身の人間の、生々しい感情のぶつかり合いが舞台上に表出する、それこそが演劇の醍醐味のひとつだと私は思う。キャストたちは役者である前にひとりの人間だ。本番を迎えるまでに、キャストたちはみな自分の中の感情の拮抗に折り合いをつけ、それを各々の役柄に昇華するのだろう。『ミス・サイゴン』の舞台上で、どれほどのすさまじいパワーやエネルギーが衝突するのだろう。いまから楽しみで仕方がない。  

 そうして約3時間半近くに渡ってキャストたちがそれぞれの思いを吐き出し終わると、突然稽古場の電気が消え、音楽監督・山口琇也さんによる、Happy Birthdayのピアノ演奏が始まった。ジョン役、パク・ソンファンさんの誕生日だったのだ。キャストたちのHappy Birthdayの合唱に合わせてケーキが運ばれてきた。パクさんは突然のことに戸惑いながらも顔を綻ばせてろうそくの炎を吹き消した。母国語でない言語で歌い、セリフを話すのに加え、異国の地で半年近くを過ごすことへの不安は計り知れないものだと思うが、その不安ですら打ち消してしまうのではないかと思えるほど素敵な時間が流れていた。    

 サプライズが終わると、寺﨑さんから明日から3日間に渡って行われる、3本の映画やドキュメンタリー映像を通じて、ベトナムやベトナム戦争についての理解を深めるための座学であるサイゴンスクールについての説明を始めた(ちなみにサイゴンとは、いまのベトナム・ホーチミン市の旧名である)。まずはベトナムを知ることから、当事者ではないから正解となる答えはない、常に疑問を持ちながら受講してほしいといったことが話された。

  正直、これほどまでに作品理解に多くの時間を割いているとは思わなかった。それほどまでに『ミス・サイゴン』という作品は複雑で、一筋縄ではいかない作品なのだろう。

 そして初日の稽古は終了した。帰り際には台本とボーカルブックの配布が行われた。それらを受け取るキャストの顔は一様に笑みを浮かべながらも決意の表情をしていたように見えた。これから約2ヶ月、幕が上がるまでにキャスト・スタッフみなが多くの試練を乗り越えていかなくてはならない。1本の作品が作り上げられるまでに稽古がどのように進められていくのか。キャストたちがどのようにして役柄を自分のものにしていくのか。初日を無事に迎えるために走り回るスタッフたちの動き。そうしたものを取りこぼさぬよう、いたるところに視線を走らせながら、稽古場レポートをお届けできたらと思う。(文責:石本)

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