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現役高校生・大学生による
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2017年2月18日

第3回 謝珠栄〈振付家、演出家、TSミュージカルファンデーション主宰〉

振付家、そして演出家へ

―その後数々の劇団、演劇で振付を担当されます。

「知人に東京キッドブラザースの東由多加さんを紹介されて。東京でやっているうちにそのうわさを聞いた宝塚の三木章夫先生に「宝塚の振付の仕事をしませんか?」と言われて、それが最初の宝塚のデビュー作です。それからたくさん仕事が入るようになりました。私の場合は譜面と台本が読めることがよかったみたい。夢の遊眠社とはまだ野田秀樹さんが駒場東大でやっているとき(学生時代)に初めて出会って。
皆さんによく言うけど、扉を開けるときに自分に与えられているものに一生懸命にやれば道が開いてくるのよ。それを拒んでいたら始まらなかったと思う。やっぱり何か行動に移して始めることでしか始まらない。」

―当時はどのように振付をされていましたか。

「そのときは(夢の遊眠社は)ほとんど動けなかったですよ。それを動かせるようにするのが私の宿命というか使命だった。キッドブラザースの人たちも脚を動かすのは考えちゃうの。でも手踊りならできるじゃない。今は手踊りも多いけど、当時はそんなになかった。だから手話も勉強したぐらい。手話の踊りって日本では私が最初だと思いますよ。今は出来る人たちと出来ない人たちを上手くコントロールしているけど、昔は熱血教師だったから「出来るようになれー」って強引に皆をひっぱっていたのね。そういう自分を反省したこともあるけど、今振り返ったらものすごい情熱だったと思う。だって出来ない人たちを出来るようにすることは時間と労力とエネルギーはいるのよ。振り返ってみれば、あれはあれで自分の微笑ましい“私の青春の生き様”かな、と思います。

―その後演出家として、またTSミュージカルファンデーションの主宰としてもご活躍されます。

「私は本当の意味でダンスを理解してくれている演出家がいないと思って演出家になろうと思いました。「はいここで舞台転換したいから踊り入れよう」と飾りものだった様に思います。例えば喧嘩なら普通のリアルなものでなくて、バーンと人を上げたり、バーンと自分で回ったりすることで怒りを表すだとか、もっとデフォルメしたものに表現することはできる。そのシーンの空気感みたいなものを豊かにできる。踊るということ、“体によって表現するということ”を分かってもらいたいな、と思って自分で演出するようになったのだと思います。頼まれてその部分の振り付けだけやるのは楽ですよ。昔はそれでも大変だと思っていたけど、演出家の方が大変だし、総合の方がもっと大変です。台本や音楽は役者さんのいないところで作れるけど、私の場合は役者を目の前にしないと稽古場でしか作れないものを作っているものだから、すごい時間との戦い。やっていることが多いので、演出と振付というのは本当に体がぼろぼろになるくらいしんどいです。だから振付だけやっているときのほうが振付に専念出来るので振り付けとしては面白いもの作れていると思う。演出もやりながらだと中途半端になっちゃうなぁとは思う。だから納得していません。自分の仕事として全然満足してない。」

今、そしてこれからのミュージカル界

―オリジナル・ミュージカルはやはり大変な部分も?

「(既存のものを持ってくる方が)楽ですよ。でもそれをずっとやっていたらどうするの?日本のブランドのもの、日本人にしか作れない日本に風土を感じる作品をちゃんと作っていきたい。でも絶対外国の物の方が良いっていうひともいるのよ。それを日本人がやったらいいかは別にしてよ。私たちには私たちにしかできないものがあるはずなんですよ。それをこれからの人たちに作っていただきたい。私はそのためにがんばってオリジナルをつくっていたわけです。観客の人たちもどうせ見るならアメリカのブランドものがいいなっていうと、音楽家も育たないし、脚本家も育たないし、みんな育たないですよ。2.5次元、アニメでもすごくちゃんと人間ドラマをしっかり書いていてストーリ的にも良いものもあるから、どんどん舞台化させてもらえるならしたいと思います。そこでファンの人たちもそれで舞台が好きになってもらえたら嬉しいし。日本って模倣の天才って言われているのだから、自分たちでオリジナルのミュージカル作ってほしいなと。

まずミュージカルという名前で凄く反感を感じるのが、演劇界の人はミュージカルをオーバーだと言うし、今は全部歌なのがミュージカルと思われている若い人も多いけれど、本当は「ウエストサイドストーリー」のように歌で表現するところは歌で表現して、芝居で表現するところはもちろん芝居で表現して、それからダンスで表現できないところはダンスで表現するのが理想的なミュージカル。芝居心を持っていて自分が表現したいのは踊っても歌ってもトライすればいいと思います。挑戦することが大事だから、演劇界が線を引いてしまったりだとか、観客が線を引いてしまったりだとか、ちょっと残念だなと思います。」

―これからのミュージカル界に何を望みますか?

「良い脚本家、良い音楽家、もちろん良い俳優が出てきてほしい。そういう人たちが、持続していってほしい。キャリアを踏むからこそ、若いときとは違うことを勉強できた私がいるので、キャリアは絶対大切にしたほうが良いと思う。楽しても何の成長もないよ。苦労している人たちの方がずっと成長してると思うし、豊かになってると思うわ、心も頭もね。それが大切なキャリアに繋がる。そのキャリアを生かして、60歳になってもどんどん若い人たちに教えていけるようになれたらいい。でも若さっていいですよね。何も知らないから思い切ったことが出来る、知らないからこそ怖いもの知らずだし、なんでも発想も湧くし。そういうものにどんどんチャレンジしてほしいよね。」

聞き手=赤澤みなみ、石本秀一、小林礼奈 編集=小林礼奈

取材後期

ミュージカルはほぼ初心者同然の私ですが、謝さんのお話を聞いて、ミュージカルというジャンルへの概念といいますか、捉え方が変わりました!次世代に向けたメッセージとして、作り手側も観客側も固定された概念をなくして、日本オリジナルの作品を作っていくべきという言葉もいただき、お話は驚きと共感の連続でした。本当に充実したお話をしていただきた謝さんにこの場を借りまして御礼申し上げます。ありがとうございました!(赤澤)

インタビューで「チャンスを掴む」ということのお話をしていただきました。決断力と行動力を持ち合わせているからこそ、ここまでキャリアを積んでこられたのだと感じます。
そしていまのミュージカル界への思いもたくさん語っていただきました。ミュージカル、演劇が大好きで、それをもっともっとよくしたい、そんな思いをひしと受け取りました。自分自身のこれまでのミュージカル観も大きく変わりました。ありがとうございました。(石本)

憧れの謝珠栄さんに直接お会いしてインタビューをすることができ、大変貴重な経験をすることができました。今のミュージカル界があるのは謝さんのように長年のキャリアの中でミュージカルを愛し情熱を傾けられた方あってこそなのだということを改めて痛感し、観る側としても文化意識を大切にしたいと感じました。その先にどうしたら日本ならではのミュージカルが作れるのか?があるように思います。私も一ファンとしてより誠実に、より情熱を持ってミュージカルを愛していきたいと思いましたし、作り手についてももっと勉強をしたいと思いました。本当にありがとうございました。(小林)

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