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現役高校生・大学生による
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2016年4月1日

第1回 高萩 宏〈東京芸術劇場副館長〉

2008年、東京芸術劇場は貸館施設から創造発信型施設へと舵を切った。さらに2011年には改修工事も行われ、劇場は様変わりした。2020年には東京オリンピックも控える。いま東京芸術劇場が目指すものとはなにか。

東京芸術劇場の“いま”と“これから”

―高萩さんが2008年に着任されて以降、東京芸術劇場は大きく変わりました。

 ハード面では改修工事がすごくうまくいったと思います。改修してよくなるところってそんなに多くないんですけどね。ソフト面ではさまざまな企画を立ち上げました。扇田昭彦さんが提案したRootsとか、いくつかシリーズ化した企画があります。それから若手育成なんかも進めています。ただ、やりたい企画すべてが出来ているわけではないです。海外からの招聘公演をもう少し増やすことなんかは課題のひとつですね。

―そういった国際的な企画が思うようにできない理由は。

 予算的に厳しい面があります。この劇場は4つのホールをもっていますので、いろいろな企画を行わなくてはいけない。招聘公演は飛行機代、輸送費などお金がかかるし、国際的な企画に期待する観客がうまく創れていないということもあります。海外オーケストラのように、高いチケット代でも観客が集まるというわけにはいかない。いま日本の社会の中で、国際文化の多様化を演劇、ダンスで実感していこうという人があまりいない。まずは観客から創っていかなくてはいけないと思います。

―招聘公演の選定基準は。

 ヨーロッパ、というか世界的にも、演劇の基本はリアリズム演劇なんです。だけどリアリズム演劇で国際的なものってあまりない。ある程度その国の実情に近いことが多いですから。リアリズム一辺倒でないものということで、リアリズムに反発する形である、フィジカルシアターの方が文化の多様性を見せるといった点では選びやすい。フェスティバル/トーキョーが前衛的な作品を中心にしているので、東京芸術劇場としてはもう少しポピュラーなものを選んで行くなど、バランスを考えながら作品選定をしています。

―2020年の東京オリンピックの期間、東京芸術劇場はどのようなプログラム選定をしますか。

 もうすでに少しずつ話は進みつつあります。オリンピックのときは日本に来る海外の方に日本の文化を紹介しなくてはならない。江戸・東京のものに触れてもらう機会を提供し、西欧文化をアジアがどう受容したかを見せ、それからさらに最先端技術を駆使した新しいものにも触れられるようなプログラムになるよう考えています。

劇場法において、劇場は「新しい広場」となることを期待されている。しかしそうなる日はまだ遠そうだ。これからの日本における、劇場のあるべき姿とは。

劇場を日常の一部に

―いまの日本における劇場の位置づけとは。

 ほとんどの公立劇場は演劇好きか音楽好きの人だけが集まる特殊な場所になってしまっている。だけどみんなが来ればいいかというとそういうわけでもない。仮に東京都民1300万人が年に1回東京芸術劇場に来るとしても、全員来るまでには10年以上かかる。年間来場者数が100万人程度ですからね。全部の都民が来るなんて絶対無理なんです。矛盾していますよね。劇場が開かれた場所であるためにはどうしたらいいかというのは大きな課題だと思います。

―劇場が開かれた場所となるためには。

 ひとつは劇場の認知度を上げるということだと思います。世田谷区内で、世田谷美術館の認知度が5割位なのに対して世田谷パブリックシアターは2割程度。静岡県舞台芸術センター(SPAC)の認知度は県内でも1割を超えないそうです。認知度を上げるためには地域のシンボルになる必要があると思います。駅前にある劇場は賑わいをつくっていく、駅から離れているなら教育系と結びつけるとか。これから先、それぞれの劇場が個々の役割を考えつつ、社会の中でいかにいつもそこにある普通の存在、みんながその存在を知っていて「行こうと思えば行ける施設」になっていくことが必要なことだと思います。

―劇場の役割が今後拡大していく可能性は。

 東京芸術劇場に関して言えば、いまやっている公共劇場で働く人、音楽や舞台で活躍できる人、ストリートアーティストになる人の人材育成はさらに発展させていく予定です。それからどこの公共劇場にも言えるのは映像分野ですね。最近は映像を撮るのがものすごく簡単になってきて、映写技術も複雑なことは必要なくなりましたよね。それで多くの映像作品が作られるようになったけど、公開されずにお蔵入りするものも多くある。メガヒットはしないけど、マニアックに見たい人がいるといったそういったものを、もしかしたら劇場で上映することが出来るかもしれない。演劇でも舞台装置として映像を取り入れるところはすごく増えてきていますし、映像教育、映像業界とどう折り合いをつけていくかということは考えていくべきことでしょうね。

東京芸術劇場では年間30本近くの演劇公演が行われている。それを近くで観て、感じることはなんだろうか。そしてこれから演劇界はどこに向かってゆくのか。

演劇界の“いま”と“これから”

―作り手たちの傾向は。

 日本の演劇界はいますごく元気だと思います。作り手たちが、新しくてクリエイティブなことが楽しいと感じていて、新作を次々と出してくるからです。こんな国はなかなかないと思います。物語を作るのがうまい、自分でも物語を演じてみたいというのは日本文化のある種の特徴なのかもしれないですね。作品としてはいまの日本の現実をフィクションで切り取るような作品が多いように感じます。

―昔に比べて演劇を職業にしやすくなったと思いますか。

 まだ現代演劇が、社会が認める職業の一つとして存在しているとは言いづらいと思います。ある程度の才能がある人が演劇業界に入ってきたときにさらに才能を伸ばせるような、たとえ途中でダメになっても演劇を教えるとかの別の形で職業としてなりえるような、業界的な受け皿を作っていく必要があると思います。ドイツのように完全に職業化してしまうと、組織内のヒエラルキーなんかがあっていまの日本のように自由な作品作りが出来なくなる可能性も出てくると思うのでそこのバランスは課題ですね。

―演劇職業化に向けての道筋は見え始めていますか。

 いままで劇団四季が演劇業界とは全く別の存在だったのが、なだらかに業界に復帰してきています。いままで四季の人は四季でしか仕事をしてこなかったのが、だんだんと演劇業界と行き来するようになるでしょう。役者や音響や照明をロングラン公演で育てていく。そういった人材交流が進み始める可能性がある。そしてオリンピック文化プログラムの予算が公共劇場につくことによって、公共劇場と劇団、公共劇場と劇団四季といった、公共劇場を中軸とした業界の枠組みが出来上がれば業界らしくなっていくでしょう。だんだん職業化へ向けた条件が整いつつあるように思います。

―今後演劇界で観客を増やしていくことはできると思いますか。

 ミュージカルしか観ない、ミュージカルの中でも四季しか観ないという人たちがいますが四季と業界の交流によって、そういった人たちもうまく混ざりあうように仕掛けていくことができれば現代演劇も動員数を増やせる可能性はあると思います。それからライブビューイングを地方の劇場なんかで行えればそれなりに動員数は増えるかと思います。テレビ放送やパブリックビューイングではなく、ライブビューイングによって演劇のリアルな面白さを伝えることで、生で観たいと思わせることが出来るかどうかがカギですね。

―若手劇団でも、積極的に海外公演を行うところが増えてきています。今後作り手たちが日本から流出していくことはあると思いますか。

 演劇の中心はこれから緩やかに中国に移っていくでしょうね。経済的豊かさがだいぶ満たされてきたのでこれから先は精神的豊かさを求めるようになるでしょう。しかも人間の数が多い。中国はいま「廊坊」というところに劇場都市を建設しようとしているそうです。しかも、いわゆる民間のデベロッパーがです。今後、才能をお金で買おうとするから、日本の演出家なんかも好待遇を受けて中国を拠点に活動をする人が出てきてもおかしくはないと思います。

―これから先、高萩さんが目標としていること、取り組んでいこうとしていることは。

 2020年までがとにかく勝負ですね。今日いらしているみなさんのような演劇に関心をもってくれている若い人と演劇とが社会を通じてダイレクトに関わっていけるような環境を創っていく。そして「演劇」を職業として、キャリアアップできる業界として向き合えるようなものにしていければと思っています。

最後に

―高萩さんにとって、演劇とはなんですか。

 僕はいい加減な人間なので、好き嫌いも多くなく、何でも食べるし、あまりいやなものがないというあいまいな性格なのです。その僕が良い悪い、好き嫌いという判断を唯一はっきり出来るものが演劇です。良いお芝居を見れば、幸せになって元気になるし、つまらないお芝居をみると、それはそれで怒って元気になります。そして、これは良い、これはダメという判断がはっきり自分の中でできる唯一のものと言ってもよいものです。  

 演劇について、教える、ということもしているので、演劇の特徴を整理すると、以下のようになります。

  • 演劇は書かれた時点で、相手がいることを想定した会話を必要とする。  
  • 演劇は舞台化の過程で、集団のコミュニケーションを必要とする。みんなで作りあげなければならない。  
  • 演劇は上演の段階で、観客を必要とする。観客がいろいろと舞台で起こっていることを想定することで、物語が進行する。
  • 演劇は公演の初日という完成作品ができた後も、千秋楽までみんなで作り続けなければならない。

 だから、演劇は、作り続けるものに、とても意味のある事業であり、それを見る人にもコミュニケーションの意義を教えてくれるものだと思っています。

―若い世代へ向けて、メッセージをお願いします。

 舞台芸術を仕事にしているものとして、是非、舞台芸術に触れる機会を増やしてください。生の舞台の感動は、さまざまに生きることの楽しさ、一人ひとりの人間の存在の価値、貴方の生きていく意味を教えてくれます。より深く、より多様な生き方への道筋を貴方に与えてくれますから。

 そして、演劇を志す人には、是非、自分の才能を信じてまずはアーティストとして演劇にかかわってください。演技をする、脚本を書く、演出をする、デザイナーになるなどなんでもです。まずは、何もないところから、何かを生み出そうとする側に回ってみてください。そして、もし、自分よりそれをうまくやれる人がいるということに気付いてしまったなら、次はパトロンになるという夢を持ってください。何とかお金を手に入れて、アーティストを援助できる身分を目指してください。そして、そう簡単にパトロンにはなれないと思ったなら、良き観客になってください。しっかり働き、自分で稼いだお金で、チケットを買って客席に座ってください。そして最後、もし、単に客席に座るだけではつまらないと思ったら、アーツマネジメントを学んで、アーティストと一緒に仕事をする道を歩んでください。行政、民間との間をつないで、アーティストが創造作業をする環境を整えてあげてください。そうすることで、貴方が自分で選ぶことのできる選択肢の多い豊かな人生を送れますように。

聞き手=石本秀一、靨紗貴、小林礼奈、中村彩美 編集=石本秀一

取材後記

拙い質問にも快く答えていただきました。ありがとうございました。巷では「演劇界の総務課長」とも評されているという高萩さん。今回取材をしてみて改めて、その視野の広さと懐の深さ、そして演劇に対する熱い思いをうかがい知ることが出来ました。この3つを持ち合わせているからこそ、夢の遊眠社の制作や東京芸術劇場の副館長として成果を残しているのだと感じました。「この人がいる限り日本の演劇界は明るい」そんな気がします。(石本)

舞台を観るために必ず足を運ぶ場所、劇場。慣れ親しんでいるようで実は客席からは劇場の深層は見えないものですが、今回高萩さんへのインタビューを通して劇場が持つ発信力に改めて気付かされました。これから劇場に行くときには単に作品を観るだけでなく、その劇場がどんな色を持っているかにも注目しながら観てみたいと思います。(小林)

「劇場」を中心に演劇界を捉える、というのは私にとって新しい見方でした。こうして様々な視点を持つことが、私自身を・ひいては演劇界を豊かにする第1歩だと強く感じます。同時に自分の無知さを痛感し、演劇界に留まらない世の中の雑多(色々な事、などの方が良いでしょうか…)を知ることが今の私に必要だと思っています。 東京芸術劇場の副館長という立場の方にお話を伺える機会、さらには高萩さんご自身についてのお話を伺える機会はとても貴重で充実した時間でした。 また、インタビューをするにあたっての基本やマナー等を知る機会にもなり、今後の活動へ活かせるようにしたいと思います。(中村)

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