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2016年5月29日

東宝ミュージカル『1789 バスティーユの恋人たち』劇評

自由と平等、終わらぬ戦いを現代に

 本国フランスで好評を博し、昨年には宝塚歌劇団月組によって日本初演された話題作が、遂に男女混合キャストで上演された。その名は『1789 バスティーユの恋人たち』。フランス革命が起こった年をタイトルに据えた本作は小池修一郎の演出の魔術で見事に帝国劇場ミュージカルへと変貌を遂げた。

 父親を殺された農民の息子ロナンは失意の中パリへ向かう。パリで革命家と意気投合したロナンは新聞印刷所で働きながら革命思想に傾倒していく。一方ヴェルサイユ宮殿では王妃マリー・アントワネットの民衆を顧みず浪費を続けていた。熱を増す革命と、うごめく思惑―。それぞれの想いが歴史を大きく加速させてゆく。

 本作でまず注目したのはなによりもそのスペクタクル性だ。ポップスとダンスを融合させたスペクタキュル(エンターテイメントショーの意)とフランス革命というテーマの親和性には驚かされた。電子音を使った現代的な音楽は革命を生き生きと蘇らせ、ダンスは革命の熱気を観客に疑似体験させる。また革命を王族、貴族、青年革命家、農民、民衆と多角的に捉え、現代への提言も示している。その真新しさには心躍らせるものがあるが、一方でフランス革命の知識と冷静な観点での定点観測の姿勢も要する。また作品構造も歴史的出来事をコンセプトとして音楽化し、コラージュして作られているため個々のストーリーの繋がりを作るのは難しい。特に本国フランスではショーとしての要素が強く、革命への物語の流れはあくまで知っていることを前提に作られたのではないか。その点において小池修一郎は現代から見たフランス革命という視点を徹底させたことで一貫したテーマを構築し、完成度の高い大規模な帝国劇場にふさわしいミュージカルへとアレンジしたのだ。今回は本国フランスでの上演に近い、生のオーケストラの代わりに打ち込みの音源の使用したことで音楽の土台が安定した。また舞台奥に設置した巨大装置を上下させ、時に流行のマッピング映像を映し、舞台前方の白いカーテンを印象的に使うことで場面転換が滑らかに行われた(装置松井るみ)。これは昨年新演出で上演された『エリザベート』の手法を生かしたと言える。

 昨年の宝塚歌劇団の初演ではスターシステムを生かし、月組トップスター龍真咲を中心とした大人数での群舞とトップ娘役愛希れいかの好演が印象的であったが、結果として民衆による革命と腐敗した貴族社会の対比を鮮やかに、今に通ずる終わらない戦いを象徴的に表現することとなった。宝塚版での象徴的なナンバー「声なき言葉」に代わり、本作の上演のために新曲「革命の兄弟」と「武器を取れ」が追加された。特に爽やかな曲調が印象的な「革命の兄弟」は形を変えながら随所に多用され、主人公ロナンの革命への傾倒を表す。アントワネットと恋人フェルゼンのデュエットは「許されぬ愛」から「夢よ永遠に…」に代わり、「許されぬ愛」はヒロイン・オランプのソロナンバーへ。また宝塚版では革命の盛り上がりを表した「世界を我らに」はロナンの妹で娼婦をしていたソレーヌを中心に女性たちがパン屋を襲撃する「世界を我らに」へと姿を変えた。革命家ダントンの恋人でありながら革命思想に反発を覚えるソレーヌが放つ“女たちは世界を手にする日を待ち望んでいる”というメッセージは現代のフェミニズムに通じるものがある。今から革命を見る視点で作品が進む中、革命から今を見つめたこのナンバーはハッとさせられるほどシビアだ。ダントンにいさめられたソレーヌが彼に言う「信じていいの?」という台詞は重く、思考することへの恐怖が込められている。もしあのときソレーヌが信じなかったら?あのまま女たちだけの革命を続けていたら?ソレーヌは彼女なりに考えた結果行動を起こしたはずである。暴動を起こしたのも、ダントンに協力し男社会へ統合されることも、全ては世界を変えたいという想いゆえであるはずだ。だが、結局その想いは漬け込まれただけなのかもしれないし、第一娼婦という設定も利用される女を象徴しているのかもしれない。兄ロナンも冒頭「マズリエの逮捕」~「肌に刻み込まれたもの」で権利を主張し、パリで革命家たちからの啓蒙を受ける(「革命の兄弟」「パレ・ロワイヤル」)。彼もまた自分で思考しているようではあるが、下級貴族たちの啓蒙に取り込まれているのかもしれないと迷いも見せる(「耐えてみせる」「自由と平等」)。特に「耐えてみせる」では拷問を受けながら苦痛に頭を抱え、胸を焼かれる振りがあるが、頭(思考)と心の支配を一瞬の動作で表したのは示唆的だ。弱者が強者に食われる社会、それは今でも変わらないのだ。ただロナンの特筆すべき点は田舎の農夫が所有権の主張し、言論の自由の主張し、革命を率いる点である。実に前進的なこの主人公は作品の視点を象徴していると共に、両義的な存在でもある。弱者でありながら進歩的な様はいわばパラレルワールドの主人公だ。だから、彼は死ななければならない。彼がいては歴史がゆがんでしまう。だから彼は死ななければならないし、オランプに次の時代を築けという言葉と共に絶命する。彼は革命で死んでいった全ての民衆と散っていった思想を一手に引き受けて死んでいくのだ。「叫ぶ声」と共に読まれる人権宣言は大きな革命のうねり、舞台が描い出した革命の行く末を観客に見届けさせる。この場面を持って『1789』はきっちりと完結した作品として収まるのだ。

 その点を踏まえ加藤和樹の描くロナンは無骨な魅力を2幕で発揮し、「サイラモナムール」以降には雄大さを感じさせる。花總まりのアントワネットは流石の華やかさとドレス姿だ。2幕での貫禄ある芝居は圧倒的な説得力を持って時代を生き抜いたアントワネットの哀しさを描き出す。また古川雄大のロベスピエールは上原理生の大きさと渡辺大輔の温かさと対比して現代的で何処か捉えどころがない。後に恐怖政治でかつての仲間を粛清することになるロベスピエールの負の面を思わせる。ソレーヌのソニンは情熱的でありながら何処か脆い。緩急のある迫力の歌唱とダンスで圧倒し、断片的な場面出演だが芝居でひとりの女性の物語を鮮やかに描いた。上原理生との並びもバランスが良く情熱的なカップルであった。ヒロイン・オランプには近年映像や音楽活動でも活躍が広がる神田沙也加。芝居の安定感で牽引しつつ初々しさも忘れない。歌唱でも甘い歌声と長年培ったミュージカルでの実力を遺憾なく発揮し、「この愛の先に」「許されぬ恋」で時に格好良ささえ感じさせる骨太な歌唱で確かな実力を証明した。ポップな魅力が作品中でしっかり息づいている点も素晴らしい。また坂元健児、岡幸二郎、吉野圭吾の元『レ・ミゼラブル』出演者の安定感も光った。岡の硬質の歌声が劇場空間を支配し、吉野も怪しげな魅力で複雑な役どころを体現。坂元はコミカルな芝居で観客を盛り上げつつ、「三部会」では説明的役割を引き受ける。改めて『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』経験者の強さ、劇場を包み込める器の大きさを実感することになった。

 豪華絢爛な舞台装置と衣装、魅力溢れる音楽とダンス、そして見事な出演者によって現代に蘇ったフランス革命はミュージカル界に新しい風を吹き込んだのではないだろうか。 (小林)

(敬称略、カッコ内は曲名 ※2016年帝国劇場公演『1789』プログラム、2015年宝塚歌劇団月組公演『1789』DVD参照)