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現役高校生・大学生による
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2017年3月13日

『エノケソ一代記』劇評

 2016年12月10日。年の瀬、この1年を思い返しつつ、三軒茶屋の世田谷パブリックシアターへ急いだ。今年の観劇おさめの1本に選んだ作品は『エノケソ一代記』、三谷幸喜が作・演出をつとめる新作の舞台だ。観劇前から自然と期待が高まる。

 喜劇王エノケンこと榎本健一に憧れる田所(市川猿之助)は、「エノケソ」として一座を率いて地方を行脚していた。行く先々ではハプニングが勃発、本物の「エノケン」でないことが露見してしまいそうになれば、田所の妻・希代子(吉田羊)や座付作家にして顧問弁護士と称する蟇田一夫(浅野和之)があれよあれよと相手を丸め込む。全国各地を巡業する一座だが、そんな中、田所は本物のエノケンの芸だけではなく、エノケンの人生、その苦痛もまた共にしようとしていた。本物のエノケンに大きな試練が襲いかかり、田所は………。

 着席。エノケンの曲目や当時を思わせるモチーフがちりばめられている幕をながめていると、まもなく市川猿之助…もといエノケソによる開演のナレーションが入った。幕が上がると、舞台に舞い込んでくるのは、エノケソである。『洒落男』をコミカルに歌い、踊る。「♪俺は村中で一番 モボだと云われた男~」と、キャッチーな歌詞とメロディーが心地いい。リズミカルな曲にのって、物語もテンポよく展開し始める。

 全体は5つのパートで構成されている。前半は巡業先の地方の公民館や小学校、クラブで本物のエノケンでないことが明らかになりそうになり、その度に舌先三寸でその追及を逃れるという展開が繰り返される。この3つ目のパートで三谷幸喜本人が演じる古川口ッパ(「ろっぱ」ではない、「くちっぱ」)が登場するのだが、メディアの発達していない時代、本物のエノケン・ロッパがいかなる者か知る者は、地方にはそう多くはいなかった。だからこそ「エノケソ」が全国各地で出没し得たのだろうが…。そこで相手を「本物」だと思い込んだエノケソと口ッパが遭遇。かみ合わない会話と、お互いの正体が露わになってからのすがすがしいまでのいけしゃあしゃあとした態度がなんとも面白い。 また、話をまわす柳沢5兄弟(山中崇が1人5役で演じ分ける)の存在は、本作品を語るうえで欠かすことができない。それぞれ巡業先で待ち構える個性豊かな柳沢5兄弟の存在によって、話が進むごとに、次はどんな「柳沢」が出てくるのか楽しみで仕方なくなってくる。ちなみに私のお気に入り柳沢は4つ目のパートで出てくる柳沢周四郎。田所達に思わぬ提案をする彼は、闇社会とのつながりをちらつかせ、アウトローな空気を身にまとっている。悪そうなのになぜか憎めないのはそれまで他の兄弟たちを見てきたからだろうか…?

 もちろん、てやんでいとべらんべえ調で、偽物なのにオリジナルのような味わい深さのあるエノケソを演じきる市川猿之助は、そのくるくると変わる表情、存在感のある佇まい一つを切り取っても魅力的である。また希代子を演じる吉田羊は饒舌な語り口が気持ちいい。そして、優しさとどこか間の抜けた感じが憎めない、田所の内弟子、熊吉を演じる晴海四方や、天真爛漫でパワーがあふれ出す(暴走というべきか?)少女、紅を演じる水上京香が舞台にに彩を添える。出し惜しみのないキャストの配役に唸らされる。

 前半のパートはコミカルな要素が強いものの、繰り返される巡業先での追及とそれに対する希代子と蟇田の反撃という構図から、二人からのエノケソへの思いの強さがはっきりとうかがい知れるようになってくる。エノケソたる田所のエノケンに対する心酔を狂気の域にまで追いやったのは希代子と、それからこの蟇田という男の存在である。蟇田は口のうまい適当な男…という第一印象から一転、悪魔…いや田所・エノケソに取り憑いた死神のようにさえ見えてくる。一座が全国を巡業している頃、本物のエノケンには息子の死や、脱疽の再発に伴う右足大腿部の切断という試練が襲いかかっていた。蟇田は「エノケンに憧れる人間は多くいても、ここまでして本物のエノケンに近づこうとするエノケソはまたといない」と、時には脚の切断そのものを田所に迫るのだ。エノケンに近づくためのはずの決断が、不幸なことにその手術の不手際により、田所・エノケソの運命をさらに狂わせてしまうのである。

5つ目のパート、エピローグである。希代子は新宿コマ劇場の応接室に呼び出されていた。相手方は、本物の榎本健一一座である。興奮気味の希代子に対し、榎本健一一座が切り出したのは、全国各地で横行しているエノケンの偽物の取り締まり…「エノケソ」としての活動をやめるようにという忠告だった。無慈悲ともいえる忠告に崩れる希代子。しかし、席を外していた田所が戻ってくると、希代子は矢継ぎ早に「榎本先生はあなたが本物に似ていると聞いたらしい」、「榎本先生はあなたに会いたがっている」とまくし立てる。先の手術で脚を失い、すっかり身体を悪くしてしまった田所はそれを聞いても立ち上がることすらできない。ソファに沈み込むようになって静かに目を閉じた田所…そこに高らかに響く足音。それはなんと本物のエノケンであった―――…。

 永遠の眠りについた田所の膝に泣きすがる希代子、そこへ金色の紙吹雪が舞い降りる。『東京節』が流れ、フィナーレへ。「ラメチャンタラギッチョンチョンパイノパイノパイ」という耳から離れないフレーズ。キャスト全員が舞台上でそれぞれハッピをまとったり、楽器を演奏したり華やかなシーンだ。舞台中央で歌うのはもちろんエノケソである。憧れから狂気の域に追い込まれた彼は最期に何を思ったのか?決して誰かが望んだ結末ではない、田所にとっても、希代子にとっても、蟇田にとってもだろう。田所に課せられた避けられない運命だったとしかいえない。なんとも表しがたい切なさに胸が締め付けられた。 観劇後、物語を頭の中で反芻した。可笑しさと相まった切なさは、ひと際増幅されて響くように感じた。(黒田)